過去記事にて、抗体薬物複合体(ADC)という
抗体の特異性を利用した素晴らしい薬剤を紹介しました。
ADCは間違いなく進化した抗体薬です。
しかし、抗体薬には面白い進化系がもう一つあります。
それが二重特異性抗体:バイスペシフィック抗体です。
抗体の特異性って基本的にはターゲットが1つという意味です。
それが二重になっている薬です。
しかし、このバイスペシフィック抗体、
最近の新たなトレンドになってまして、
2022年夏現在メガファーマが
続々と開発や買収を発表しています。
アムジェンで開発してる面白そうな薬にtarlatamabっていうがん細胞とT細胞を結びつけるバイスペシフィック抗体があるんですが
— チクチク@製薬ブログ (@mrnetinfo) August 8, 2022
6-9日に開催される世界肺癌会議で安全性と有効性を評価する小細胞肺がん適応のP1データが取り上げられるみたい…
野生の専門家の解説待ってます🤤https://t.co/Jm43cnFThY pic.twitter.com/h0Dw25Xgss
アストラゼネカがTeneoTwo, Inc.買収を完了
— チクチク@製薬ブログ (@mrnetinfo) August 11, 2022
買収によりAZはCD19/CD3バイスペシフィック抗体のTNB-486をゲット👏
(再発性および難治性の B 細胞非ホジキンリンパ腫でP1中)
リンパ腫のCD19とT細胞のCD3を結びつけることでがんをT細胞に破壊させる抗体です😗https://t.co/wToG4uM0kE pic.twitter.com/FpgGx75Igp
既に発売されている2製品を使って
バイスペシフィック抗体の
基本を紹介します。
今回この二つを紹介する理由は
- 生体反応を助ける触媒タイプのビーリンサイト
- 生体機能の代わりをする代替タイプのヘムライブラ
とバイスペシフィック抗体としての
役割が異なることが理由です。
これから発売される後続品も
触媒タイプと代替タイプの
どちらかに分かれるケースが多いでしょう。
※便宜上、触媒タイプ代替タイプと本記事では呼んでます。
この2製品を選んでいます
ビーリンサイト?ヘムライブラ?
今回、二重特異性抗体の例として紹介する薬剤は
一般名ブリナツモマブ、製品名ビーリンサイト、
そして一般名エミシズマブ、製品名ヘムライブラ
この2製品です!
どちらも2018年日本承認の二重特異性抗体製剤です。
ビーリンサイトの開発元はアムジェン。
そしてヘムライブラは中外製薬開発です。
ターゲットを見ていきます!
ビーリンサイトの適応とターゲット
ビーリンサイトの適応は
『再発又は難治性のB細胞性急性リンパ性白血病』です。
具体的には人体で抗体を製造する
B細胞が異常をきたし、がん化した白血病。
その中でも再発または難治症例に使われる薬剤です。
白血病っていうのは血液のがんです。
この場合は血液中のB細胞ががん化しています。
後ほど登場しますので、
ついでにCD19とCD3も併せて紹介します。
がん化したB細胞はCD19という分子を
通常よりも多く細胞表面に作ることがわかっています。
CD4とか8とかを過去記事で紹介しましたが、
細胞表面にある分子です。
- 関連記事:T細胞の過酷な出生。
- 関連記事:T細胞の種類と役割。
また、がん細胞をやっつける細胞はT細胞ですが、
全てのT細胞はCD3という分子を持っています。
CD3はT細胞の敵を探すためのセンサー(TCRって言います)の土台となる分子です。
ビーリンサイトの作用機序(触媒タイプ)
続いて作用機序を紹介します。
作用機序は以下の図の通りです。
T細胞のCD3とがん化したB細胞のCD19にも結合する抗体ですので、ビーリンサイトはB細胞とT細胞を繋ぎます。
がん細胞と繋がれた免疫細胞であるT細胞は、ターゲットを認識し、がん細胞を攻撃したり、自身が増殖したり、仲間を呼んだりします。
(少し詳しく書くと、CD4陽性のT細胞はヘルパーTに、分化増殖し、マクロファージや細胞障害性T細胞を呼び寄せます。CD8陽性のT細胞は細胞障害性T細胞に分化増殖しがん細胞に穴をあけたり、アポトーシスを起こさせたりします。)
どちらにしろ待っているのはT細胞の攻撃部隊である細胞障害性T細胞軍による総攻撃です。
非常に増殖が得意ながん細胞でも、細胞障害性T細胞の総攻撃は深刻なダメージを受けます。
非常に面白いのは直接的な薬物の働きは
ターゲットとT細胞を繫ぐだけという点です。
多くの薬物は直接的にがん細胞を攻撃したり、
がん細胞の偽装行動を妨げたりしますが、この薬は繫ぐだけです。
『繋ぐ』ことで人体が元々持っている
生体反応を促進します!
まるで触媒のように!
がん細胞はT細胞の活性を落とす命令を出して、正常細胞であることをよそおいます。
イメージとしてはルパン三世の変装に近いです。
T細胞(銭型警部)に見つかっても
一般細胞をよそおって攻撃をかわします。
そこで、薬の力でルパン(がん)と銭型警部(T細胞)を
手錠で繫いでしまう訳です。
手錠で銭型警部とつながれたら、
そのうちバレますよね。
そんなイメージです。
作用機序動画があるので
ぜひご覧ください
ヘムライブラの適応とターゲット
- 先天性血友病A(先天性血液凝固第VIII因子欠乏)患者における出血傾向の抑制
- 後天性血友病A患者における出血傾向の抑制
先天性、後天性の違いはありますが、
基本的には血友病A患者の出血傾向を抑えます。
ヘムライブラのターゲットは
- 抗血液凝固第IXa
- X因子
と言う血液凝固に関わる
二つの因子をターゲットにすることで
この問題を解決します。
ヘムライブラの作用機序(代替タイプ)
血友病Aは第VIII因子と言う
血を固めるために必要なタンパク質が
量的に足りなかったり質的に異常を起こしている場合に
血が止まらなくなる病気です。
この第VIII因子ですが元々の仕事は
- 抗血液凝固第IXa
- X因子
この2つと結合して
X因子活性化しXa因子に変換するという仕事があります。
ただ血友病Aでは第VIII因子が足りないので
Xaへの変換ができず
血液の凝固反応が進まないと言う状態になっています。
そこでヘムライブラは第VIII因子の代わりに
抗血液凝固第IXa、X因子の橋渡しをすることで
血液凝固反応を行わせることができます。
第VIII因子の代替をするのが
ヘムライブラです!
バイスペシフィック抗体の構造
続いてバイスペシフィック抗体の構造を紹介します。
こちらも基本的な抗体構造を踏まえたヘムライブラタイプと
魔改造されているビーリンサイトタイプが確認されますので分けて紹介します。
ヘムライブラの構造
ヘムライブラの構造は基本的なY字構造を踏まえています。
ただY字構造の両椀が通常だと
同じターゲットに結合しますが、
ヘムライブラは前述の通り
別々のターゲットに結合するよう作成されています。
ビーリンサイトの構造
続いてビーリンサイトです。
こちらは魔改造されていますので
少し詳しめに解説します。
ビーリンサイトの作成には
マウス由来のCD3抗体とCD19抗体を使います。
主に使うのは抗体の先の部分
scFv(single-chain variable fragment:単鎖可変領域)
この可変領域は抗体がターゲットにくっつく部分です。
CD3抗体の可変領域はT細胞のCD3に結合し、
CD19抗体の可変領域はB細胞のCD19に結合します。
そしてADCでも登場したリンカーでつなぎます。
すると両端に可変領域がある抗体が出来上がります。
CD3にも19にも結合する
特異性が二重の抗体が出来上がりです!
※詳しく紹介すると
ブリナツモマブは遺伝子組換え一本鎖抗体(scFv-scFv)であり、1-111 番目はマウス抗ヒト CD19 モノクローナル抗体の L 鎖の可変領域、127-250番目はマウス抗ヒトCD19モノクローナル抗体の H 鎖の可変領域、256-374 番目はマウス抗ヒトCD3 モノクローナル抗体の H 鎖の可変領域、393-498 番目はマウス抗ヒト CD3 モノクローナル抗体の L 鎖の可変領域からなる。ブリナツモマブは、504 個のアミノ酸残基からなるタンパク質である。
ビーリンサイト申請資料
まとめ
二重特異性抗体は『繋ぐ役割を代替する』『繋いで反応を促進する』
という特徴からさまざまな応用が期待できる薬です。
サノフィは二重ではとどまらず、
骨髄腫細胞表面に発現するCD38抗原、
T細胞表面に発現するCD28抗原、
CD3タンパク質複合体の3種類の分子を標的とする
三重特異性抗体 (CD38/CD3×CD28抗体)
なんてものも開発中です。
参考:Trispecific antibodies offer a third way forward for anticancer immunotherapy
今後、さらに過熱してくる領域だと思っています。