『レカネマブが健康保険制度を破壊する?』そんなバカなこと言っちゃいけない!

レカネマブが
米国で承認されたタイミングから
ずーっと主張してきたんです。

こんな高い薬をアルツハイマーに使ったら
健康保険制度が破綻する…
っていうアホみたいな言説が流れる

って…んでTwitterでも
少しばかり観測していて、
Twitterでは戦わない私は
あーね!くらいに思っていたのですが、

ちょっと見逃せない
案件が実際に出てきました。
私が見逃せずキレたのはこの記事

キャスターの辛坊治郎が1月17日、自身がパーソナリティを務めるニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に出演。製薬大手エーザイが16日、アメリカのバイオジェンと開発した認知症のアルツハイマー病新薬「レカネマブ」の製造販売承認を厚生労働省に申請したことをめぐり、「現行の健康保険制度を圧迫する恐れがある」と指摘した。

アルツハイマー新薬を国内申請 「現行の健保制度を圧迫する恐れ」辛坊治郎が指摘

辛坊治郎!!!

いやー大物ですね!

圧迫なので
破壊まではいってませんが

多分この人が言ったら
信じる人山ほど出てくると思うんですよ!
んでここから大きく広がる………
圧迫→破壊へと

ずーっとこの薬を追ってきた身からすると
ちょっと本意ではないので
ここで火消しの記事を書かせていただく
筆を取った次第です。

できるだけ網羅的に更新していくので
SNSで『レカネマブが健康保険制度を破壊する』
って言説を見かけたら
この記事を拡散してほしいです。

チクチク

ちなみに製品名は
レケンビというそうですが
レカネマブの方が
個人的に
まだ言いやすいので
一般名のレカネマブで
統一して書いていきます。

もくじ

日本においてレカネマブが原因で国民皆保険が破壊されるとは考えにくい

日本においてレカネマブが原因で国民皆保険が破壊されるとは考えにくい

日本において健康保険制度が破壊されるほど
レカネマブが処方されるとは考えにくいです。

理由は大きく2つ

  1. レカネマブの対象患者
  2. 日本の薬価制度
チクチク

順番に見ていきます

レカネマブの対象患者

先立って紹介した記事では
アルツハイマー型認知症の患者
全てに処方されるくらいの勢いで
書かれていましたが
レカネマブの処方条件はそれなりに厳しいです。
投与されるまでは5つの関門があります。

  1. アルツハイマーであるか否か
  2. 早期アルツハイマーであるか
  3. 早期の段階で医療機関を受診し診断されるか
  4. アミロイドβ検査を受けられるか
  5. アミロイドβ陽性であるか
チクチク

エーザイさんの
説明会資料が
わかりやすいです。

エーザイ資料:アルツハイマー病治療薬「LEQEMBI」の
米国における価格設定のアプローチより

レカネマブが効果を示すのは認知症の中でも
アルツハイマー病というタイプです。

厚労省資料の認知症施策の総合的な推進によると
高齢者の約4人に1人は
認知症または軽度認知障害(2012年時点)
そのうち、67.6%がアルツハイマータイプです。

2022年の
日本の高齢者人口は3627万人ですから
900万人が認知症または軽度認知障害
そのうち約600万人がアルツハイマータイプの
認知症または軽度認知障害と
考えることができそうです。

しかしながら
処方まで多くの関門があります。

早期アルツハイマーのうちに
病院にかかり、さらに診断される…
これだけで、
相当絞られることが容易に予想できます。

実際エーザイの試算でも
米国における3年後の診断数は
10万人です。

チクチク

日本より3倍近い人口がいる
米国で10万人です。

米国におけるAD疾患修飾薬(AD-DMT:AD Disease Modifying Therapy)の投与対象として診断される早期AD当事者様は、3年後には約10万人と想定され、血液バイオマーカーなどの侵襲性の低い新しいスクリーニングや診断技術の今後の進歩を考慮すると、中長期的に徐々に増加していくと予測しています。

早期アルツハイマー病治療薬LEQEMBI™(レカネマブ)の米国における価格設定のアプローチは「医薬品の社会的価値」と「価格」の関係性に関するエーザイの考え方に基づく

日本とアメリカの人工比は1:2.7
診断技術や高齢化率の違いを無視するのならば
日本では3.7万人
早期アルツハイマーの当事者…
レカネマブの対象となります。

チク子

高齢者人口は
3627万人ですので
約0.1%

チクチク

誰でも
使われるわけでは
ありません!

薬価算出と日本の薬価制度

二つ目の根拠が日本の薬価制度です。
日本では薬が想定より売れすぎると
薬価を下げるシステムが存在します。

これを
市場拡大再算定
特例拡大再算定
と言います。

ちなみに製薬会社からすると、
即刻消えてもらいたい
悪制度です


この2つの制度により
急な薬価上昇による
保険負担急増が抑えられます。

具体的には
レカネマブのように
類薬が日本でない薬剤の場合
薬価は原価計算方式で決まります。

そうなると

  • 年間販売額150億円超
    かつ予測年間販売額の2倍以上
  • 年間販売額100億円超
    かつ予測年間販売額の10倍以上

この条件のどちらかを満たした瞬間に
最大25%薬価ダウンします…
これが市場拡大再算定です。

また上記基準の150億円を
あっという間に飛び越える
ヒット医薬品だったとしても
特例再算定が調整を行います。

  1. 年間販売額1500億円超
    &予測年間販売額の1.3倍以上
  2. 年間販売額1000億-1500億円
    &予測年間販売額の1.5倍以上

この基準を超えた瞬間に
①最大50%
②最大25%

薬価が下がります。

ざっくりいうと
厚労省と握った売り上げ予想に
収まるように調整されます。

そしてこれらは
通常の薬価改定時期を待たずに
行われます。

最大50%ですからね…
1500億の商品が750億円まで
売り上げが減ってしまいます……

なんなら予想売上を
最初から3,000億とかにすればいいんじゃ…
と考える人もいそうですが、
そんなことは厚労省が許しm…(ry

実際の日本で一番よく売れている
キイトルーダすら
2021年の売り上げが1195億円です。

チクチク

日本においては
健康保険制度を脅かす
売上をあげたとしても
すぐに値下げで
対応がなされます。

1兆円売り上げても
医療費全体への影響はわずか

余談そして
こんなことを言うと怒られるかもしれませんが
2021年の医療費総額は44兆2000億円です。
仮にレカネマブの売り上げが
キイトルーダの約10倍の1兆円あったとしても
医療費全体で見ると1/45=2.2%です。

無視できる数字ではありませんが
健康保険制度が崩壊する数字か?というと
絶対違いますよね…

そもそも44兆のうち
薬剤費は10兆円にすぎません
薬のせいで保険が崩壊する!!
と騒ぐ人たちは
薬剤費をスケープゴートにして
残りの34兆円から
目を逸らさせているに過ぎません。

チクチク

日本だけで
1兆円売れる薬とか
出てくるとは
思えないですけどw

小括

小括

・そもそも使える患者は限定的
・売れすぎても薬価を
 即下げるから大丈夫

つまりレカネマブによって
健康保険制度が
崩壊することは考えにくいです!

それでもやっぱり高いよ!

それでもやっぱり高いよ!

それでも高いよ!って意見もあると思います。
27%の進行を阻止するために
26,500ドルも使うの頭悪い!
こんな意見も聞こえてきそうです。

チクチク

保険が崩壊しなくても
高いと感じるものは
高いですよね!

アルツハイマーの早期と中期は雲泥の差

ただ、こんな方はまず第一に
早期と中期のアルツハイマーの
大変さの違いを認識してないのだと思います。

早期は記憶障害がメインですので
日常生活で他人に
大きく迷惑をかけることは少ないですが
中期からは行動障害と心理障害が加わります。

つまり早期から中期に移行すると
日常生活に大きく影響を及ぼし始めます。
認知症介護の中で
最も大変な時期
と言われています。

体は元気なのに、妄想、徘徊、不潔行為と
介護者が地獄を見ます。

この地獄への移行を
遅らせることができるのは
介護者など周囲の人々にとって
大いに福音となるのは
言うまでもありません。

チクチク

この介護地獄延期と
患者個人の尊厳を
26,500ドルで買うわけです!

全体で見ればお得
アメリカでの試算を見てみよう!

そしてさらに理解を深めるためには
アメリカの薬価設定を理解する必要があります!

アメリカでのレカネマブの薬価設定には
レカネマブが与える影響がいくらか?
(当事者に対する年間価値)

を計算した上で設定されています。

計算式は以下の通り

エーザイ社プレスリリースより

そして使った数字も同じく紹介されています。

a)QALYは健康アウトカムの価値を示す指標です。健康は生存年と生命の質の関数であるため、これらの価値を1つの指標数値にまとめる試みとしてQALYが開発されました。1QALYは、完全に健康な状態での1年間に相当します。LEQEMBIによる治療が、早期AD当事者様と介護者の健康アウトカムを改善することにより、当事者様は生涯で0.64 QALYs分を追加的に得られる(SOCと比し)と予測しています。

b)1QALY獲得当たりのWTPは、その国の一人当たり国内総生産(GDP)の1~3倍が基準とされています。米国では費用対効果の閾値として5万ドルから15万ドルのWTPが用いられていますが11、ADのように社会的コストが大きく、介護者に甚大な影響を与える疾患の場合には、より高いWTP閾値である20万ドルの適用が考慮されます。

c)総費用の差額については、早期AD当事者様一人当たりの生涯にわたるAD関連の直接的医療費・非医療費およびご家族を含む介護者の間接的費用の総額が、LEQEMBI治療によりSOCと比較して7,415ドル減少すると試算されました。直接費用には、当事者様の薬剤費、医療機関への通院費、入院費、施設入所費、コミュニティサービス費などが含まれます。間接費用としてはご家族を含む介護者の、介護活動に費やした時間に対する金銭的価値が考慮されます。

d)治療期間については、中等度以上に進行した時点でLEQEMBIによる治療を中止する前提としています。早期ADにおける現在価値に割引後の平均治療期間は、約3.6年と推定されました。

エーザイプレスリリース:早期アルツハイマー病治療薬LEQEMBI™(レカネマブ)の米国における価格設定のアプローチは「医薬品の社会的価値」と「価格」の関係性に関するエーザイの考え方に基づく

支払意思額(WTP:Willingness to Pay)
標準治療(SOC:Standard of Care)

ドチク子

ハイハイ、
イミフイミフ!

例によってよくわからないので
ざっくりと要約すると

a)
・QALYは健康アウトカムの価値を示す指標
1QALYは、完全に健康な状態での1年間
・レカネマブで治療すると標準治療と比較して0.64QALYsを患者はGETできる
b)
・1QALY獲得当たり認知症患者は20万ドルくらいは払っていいと思っている
c)
・レカネマブを使うと標準治療を比較して総額で7,415ドル減少する
d)
・中等度以上に進行した時点でレカネマブによる治療を中止
・平均治療期間は、約3.6年

1QALY20万ドルって
ちょっと日本の感覚だと
高いような感じもしますが
米国は日本以上より
いい給料もらっている国です。

平均年収で考えると
アメリカ約7万ドル
日本約4万ドルということを考慮すると

20万ドル×(4/7)=114,285ドル
日本基準にするなら認知症から逃げ
1年健康な時間を買うのに114,285ドル

まだまだ高いですが、
考える人も多く出てきそうな
金額ではないでしょうか?

チクチク

認知症で
自分を失うわけですからね…

本題に戻ります

QALYの増加分×払っても良いと考えている金額
=治療によって患者が払っても良いと考える金額

今回の場合だと20万ドル×0.64ですので
0.64QALY得るには
128,000ドルくらいは使ってもいいかなー
と認知症にかかった米国人は考えるわけです。

この128,000ドルに
『治療によって減少する』7,415ドルを足します。
この135,415ドルが
レカネマブの治療によって生まれる価値
です。

ただこれには期間の概念が欠如しているので
平均治療期間の3.6年で割ります。

135,415/3.6=37,615ドル
これが1年間あたりに

レカネマブが生む価値である
と考えられるわけです。

これを参考に
米国ではレカネマブの薬価は
26,500ドルに算定されました。

チクチク

社会には
37,615ー26,500で
10,000ドル
還元できる計算です!

日本での予想薬価は?

日本での薬価は当然
まだまだ分かりませんが、
現行薬価から予想してみたいと思います。

日本での薬価の決まりは大きく2通り

比較する薬がない原価算定方式
比較する薬がある類似薬効比較方式

チク子

なお類似薬効については
ゾルゲンスマの記事を
参照ください!

今回は原価算定方式になるでしょう。

原価算定方式は
製造原価、 販売費及、一般管理費、
営業利益、流通経費並びに消費税を
加えた額を薬価とします。

このうち営業利益はこれくらいほしい!
というものですので
厳密な計算は分かりませんが、
当然米国の薬価も参考におかれます。

さらに海外で発売されている場合は
外国平均価格調整がなされます。

原価算定された薬価が

・1.50倍を上回る場合は引下げ調整
・0.75倍を下回る場合は引上げ調整

上記対応が行われます。

米国薬価だけで計算すると
26,500ドルの75%は19,875ドルですので
この基準を下回ることはなさそうです。

また日本の場合は前述の通り
給与が米国より低いので
支払意思額も下がるかと思います。

完全に個人の予想ですが
37,615ドルに
平均年収の乖離の4/7倍をかけた値は
21494ドル、偶然にも約2万ドルです。

  • 海外との薬価調整
  • 日本と米国の年収差

この両方の側面より
2万ドル程度になるのでは?
と考えています。

前述の3年後の対象患者の予想3.7万人
と掛け合わせると7億4,000万ドル
1ドル130円とすると962億円

ギリギリブロックバスターも行きませんし
特例再算定も発動しないゾーンですね…

チク子

当然、健康保険制度は
崩壊致しませんw

チクチク

個人予想ですが
いい塩梅ではないでしょうか?

まとめ

まとめ

レカネマブによって健康保険制度が崩壊する。
これがとんでも言説であることを
紹介させていただきました。

SNSで
『レカネマブが健康保険制度を破壊する』
って言説を見かけたら
この記事を使ってください!

チクチク

エーザイ&バイオジェンさん!
ほんと頑張って!

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もくじ