最近ADCってたまに目にしませんか?
ADCはいま最も勢いのある
創薬テクノロジーなんですが、
実際に関わっていないとよくわからない!!
こんな人が多いのではないでしょうか?
大事なことでも
関わらないと覚えられないの…
簡単に紹介すると
ADCは狙った場所に
高濃度で薬物を届ける技術です。
薬を届けたくない部分には届けず、
副作用を抑えることができますし、
届けたい部分には
高濃度で薬物を届けることができます。
人類が望んでいた
ドラックデリバリーシステムです。
と紹介はできるんですが、
これだけだと訳わかんない人がほとんどですよね!
そこで今回はADCオタクMRである私が 抗体薬物複合体の構造、原理、そしてこの領域では重要な製品となるエンハーツについて、どこよりも詳しく解説しいたします。
本記事の効能効果
10分でADCの基本がわかる。
抗体薬物複合体の構造
抗体薬物複合体は
名前の通り抗体と薬物の複合体です。
英語で書くとAntibody Drug Conjugateです。
頭文字をとってADCと略されます。
ADCは教科書的には
3つのパーツで構成されています。
- モノクローナル抗体
- 薬物
- リンカー
の3パーツです。
【補足:当ブログの抗体関連記事】
モノクローナル抗体の役割
まずはモノクローナル抗体です。
抗体はもともとB細胞が産生・放出する
タンパク質で、
本来は体内に侵入した病原体などの
異物(抗原)に結合し
無力化したり標識する働きがあります。
タンパク質名としては
免疫グロブリン(immunoglobulin) です。
Ig(アイジー)と略されます。
たまに生物学で見る「Y字」の物質です。
ADCにおいては標的組織まで薬を導く
道案内役としての機能を持ちます。
イメージとしては
ミサイルを誘導するための
センサーシステムです。
抗体が狙った細胞&組織に
薬を導きます。
リンカーの役割
リンカーにはさまざまな物質が採用されますが、
基本の役割は
モノクローナル抗体とペイロードを繫ぐことです。
link-erと名前のまんまの意味ですね。
つなぎ役です。
実はリンカーの性質の差で
抗体に搭載できる薬物の数が変わります。
※DARという概念で後述します。
後述するエンハーツはこの部分がスゴいです。
なんとなく脇役っぽく見えるリンカーですが
ADCにおいて間違いなく主役です。
ゼルダの伝説の主役
リンクと同じ名前の
由来ですからね。
リンカーに求められる仕事は下記2点です。
- 目的の場所まで切断されないこと
- 目的の場所では速やかに切断されること
血管内で切断されて
危険な薬物が解き放たれれば
大きな副作用につながります。
目的の場所で薬物をなかなか開放できなければ、
効果が弱くなってしまいます。
リンカーはこれらの仕事を
高いレベルでこなします。
ただのつなぎ役ではなく、
性能を決める重要な
調整を担っています。
ペイロードの役割
最後にペイロードです。
ペイロード…聴き慣れない名前ですよね。
積載物って意味らしいです。
抗がん剤において一般にペイロードには
- 副作用が強くて増やしにくい薬
- そもそも普通に使うと
毒性が強すぎて使えない薬
上記どちらかが選ばれることが多いです。
ADCにすることで
副作用の減弱による
効果の増強や
毒性が強すぎて
使えなかった薬の
臨床応用が可能です。
ADCの構造小活
抗体と薬物(ペイロード)を結合させることで
薬物に対してモノクローナル抗体の
抗原特異性(特定の相手を狙って結合する性質)を
与えることに成功したのがADCです。
結果として血中に存在する
活性化した薬物量を少なくできるので
副作用を減らしたり、
より高濃度の薬剤を投与できるようになります。
また、効果が強く直接注射すると
毒性が強くて使えない物質であっても
適切な抗体とリンカーを用いることで
有用な薬物とすることが期待できます。
既存の技術を組み合わせた
スーパーテクノロジー
それがADC!!
さらに、
なんとなく勘の良い方はお分かりかもしれませんが
ペイロードは必ずしも
抗がん剤である必要はありません。
栄養物質を選べば
理論上は特異的に栄養を送ることも可能です。
ただ現状困っている患者が多い
がん領域で開発が盛んに行われています。
薬物抗体比(DAR)
DARも薬効を判断する上で非常に重要な概念です。
DARはDrug to Antibody Ratio。
日本語訳すると薬物抗体比といいます。
一言でいうと、
一つの抗体に
いくつの薬(ペイロード)を搭載できるのか?
ということをを表しています。
DAR2は1抗体に2つ 、
DAR4は4つ、
DAR8は8つ搭載しています。
今のところ最大値は8です。
単純に数が多くなれば多くなるほど
薬効が強くなります。
8は4の倍ですし、4は2の倍です。
倍の薬を積むんだから
当然よね!
しかし最近まで発売されている
ほとんどのADCのDARは2~4でした。
8が最大数ならば
全部8にすればいいじゃない?と思いますが、
実はそこが課題でした。
どんな課題かというと、
DAR8にすると薬効が落ちてしまっていました。
これは増えたリンカーの性質が干渉して
薬が凝集してしまうためと考えられています。
平たく言うと抗体たちが
くっついて絡んで塊になってしまいます。
こうなると、うまく仕事ができません。
抗体から毛のような
リンカーが
たくさん生えた結果、
絡んじゃうイメージです。
※エンハーツのリンカーとペイロード部分
こんな物質が複数抗体に付けられるわけです。
引用:エンハーツインタビューフォームより
DAR8のより強力なADCを作るために
干渉ぜず凝集しないリンカーの開発が
長年の目標でした。
DARが4⇒8となれば
届けられる薬物の数が2倍に増えますからね。
その分、効果も期待できます。
DAR8の抗体薬物複合体は
大きな目標でした。(過去形)
そう!『でした!』
後述するエンハーツが
この壁を破ります!
でもその前に
作用機序を紹介します!
抗体薬物複合体の作用機序
抗体薬物複合体の原理は以下の通りです。
青い線は細胞膜
オレンジの点は標的分子
緑の点は薬物 を
それぞれ表しています。
薬効を示すまでのステップは
- ADCの抗体部分が
標的細胞の標的分子を認識して結合する - 結合したADCは細胞によって
細胞内に取り込まれる - 分解するための器官リソソームにより
ADCのリンカーや抗体が分解される - リンカーから切り離された
ペイロードが放出され薬効が現れる
基本的なADCの作用機序は基本どれも同じです。
抗体の働きによって
選択的に狙った細胞に
取り込まれ、
リンカーが切断されることで
選択的に薬効を示します。
バイスタンダー効果
抗体の働きによって
選択的に狙った細胞に取り込まれ、
リンカーが切断されることで
選択的に薬効を示す…
これがADCメインの作用機序ですが
ADCタイプの抗がん剤の効果は
それだけにとどまりません!
狙った細胞の
近くにいるがん細胞にもダメージを与えます。
それが
バイスタンダー(見物人)効果です。
薬効を発揮したペイロードは
標的細胞で仕事をした後、
周辺に染み出し、近くのがん細胞も破壊します!
え?でもがん細胞に特異的に反応するんだから、
そんな必要ないじゃん!と感じたかもしれません。
でもこれ非常に大事な効果です。
がん細胞は変異を繰り返す細胞ですので
標的タンパクを持っていないことがあります。
隣のがんは標的タンパクを持っていても、
その隣はその限りではないのです。
なので、そこに効かないと見逃してしまい
がん細胞を根絶できません。
ただ、幸いなことにがん細胞はバラバラなると
自死アポトーシスする性質を持っており
結果的にかたまっていることが多いです。
そこにバイスタンダー効果が刺さるわけです。
例え標的タンパクを持っていなくても、
近くに標的タンパクを持つがん細胞がいれば
一緒にやっつけられるわけです。
爆撃で直接標的をやっつけ、
爆風で見物人もやっつける…
そんなスーパーシステムを
有するのがADCタイプの
抗がん剤です。
抗体薬物複合体(ADC)の一覧
現在日本で発売されているADCと
日本未発売で海外既発売のADCを
一覧表にしてみました!
コチラは適宜追加していきます。
更新忘れなどあれば
ぜひ教えてください!
一般名 | 適応 | 販社 | DAR |
---|---|---|---|
ゲムツズマブ オゾガマイシン | 再発AML | ファイザー | 3以下 |
ブレンツキシマブ ベトチン | 再発HLおよび再発sALCL | 武田 | 〜4 |
トラスツマブ エムタンシン | HER2+転移性乳がん | 中外 | 3.5 |
イノツズマブ オゾガマイシン | 再発または難治性CD22+ B-ALL | ファイザー | 〜4 |
トラスツマブ デルクステカン | HER2+ 切除不能転移性乳がん | 第一三共 | 7〜8 |
ポラツズマブ ベトチン | 再発または難治性DLBCL | ロシュ | 3.5 |
エンフォルツマブ ベトチン | 局所進行または転移性尿路上皮がん | アステラス | 4 |
サシツズマブ ゴビテカン | 転移性トリプルネガティブ乳がん | ギリアド | 7.6 |
ベランタマブ ベトチン | 再発または難治性多発性骨髄腫 | GSK | 4 |
【こぼれ話】 余談ですが、ADC一覧表に出てきた薬剤の一般名後半は 全てペイロードとリンカーをくっつけた物質の名前です。 (オゾガマイシンとかベトチンとか) 最近開発されている薬剤に ベトチンが多く会社も多岐にわたることから ベトチンの特許は切れていることがわかります。
第一三共のエンハーツ:デルクステカンがすごい!
最後に日本でも2020年3月末に承認された
第一三共のエンハーツを紹介します。
これは間違いなく
ADCの新時代を
つくる薬剤です。
期待の表れとして、
エンハーツは米国食品医薬品局(FDA)から
HER2陽性の転移性乳がん治療を対象として
優先承認審査を受けています。
エンハーツの一般名は
トラスツズマブ デルクステカン。
製品名はエンハーツ点滴静注用100mgです。
…一般名ながいわねぇ
噛みそうだわ!!
…デルク…ステカン??
前半のトラスツズマブは
モノクローナル抗体の名前、
後半のデルクステカンは
リンカーとペイロードである
カンプトテシン誘導体からなる物質です。
トラスツマブとデルクステカン
別々に特許が存在します。
なおトラスツズマブはハーセプチン(中外製薬製)
という名前で 製品化もされています。
さらにADCのカドサイラ(中外製薬製)も
同じトラスツズマブを使っています。
トラスツマブはHER2を標的とする
モノクローナル抗体として
確かな実績があります。
ちょっと汚い話すると
トラスツマブの
特許が切れたので、
第一三共が自社品の
デルクステカンを
くっつけて作ったのよ!
ちなみにHER2はハーツ―と呼びます。
これはエンハーツの名前の由来にもなっていて
Enhance(強化する)とHER2を組み合わせて
エンハーツと名付けられてます。
名前からして強そうですね。
HER2は細胞の増殖に関与する
とされるタンパク質です。
主に乳がん、胃がん、
大腸がん、肺がん、膀胱がんなどの
がんの表面に多く発現することが分かっています。
正常細胞よりも圧倒的に
上記がん細胞に多く発現するので、
これをターゲットにADCをつくると、
正常細胞と比べてがん細胞に
圧倒的多くの抗がん剤をとどけられます。
しかし、この点は
同じHER2-ADCのカドサイラも同じです。
エンハーツの特徴をもっとも表しているのは
DAR約8という数値と
それを可能にしたスーパーリンカー
つまりデルクステカンの部分です!
前述のとおり
DAR8はADCにおける技術的目標の一つでした。
そうです『でした』過去形なのです。
エンハーツはDAR8を
ついに達成した薬剤なんです。
【約】8であるのは作成途中で
はずれちゃう薬剤が出てくるためです。
それでもエンハーツのその精度は高くほぼ8です。
これは本当にすごいです。
DAR4と比べて2倍の薬物を運べるわけです!
その分、効果も期待できます。
エンハーツは8つの薬物を搭載しても
凝集しないリンカーが使われているうえ、
そのリンカーは血中で安定し
簡単には薬物を放出しません。
さらにがん細胞で多く発現している
カテプシンによって切断されるため、
非がん細胞に吸収されても
薬物リリースを起こしにくい特徴を有しています。
リンカーの性能がスゴいです。
とんでもないリンカーが搭載されています。(興奮)
さらにペイロードのカンプトテシン誘導体ですが、
カンプトテシン自体は1966年には
構造が明らかになっている古い物質です。
明らかな抗がん作用を有しています。
単体では毒性が強いため、
性能を引き出すために数々の誘導体が開発されています。
エンハーツに使われている
カンプトテシン誘導体は
類薬(トルデルヴィに採用されている)の
約10倍の効果を有するとともに、
万が一血中に解き放たれた場合のために
血中半減期も1.5hと短く設計されています。
そもそもがん細胞以外では
リリースされにくいのに、
仮にリリースされても
早急に消失する訳ですね。
細かい工夫が詰まっているわね
デルクステカンテクノロジーがすごい
ここまで聞いていて直感の良い方は
あれ?すごいのエンハーツじゃなくて
デルクステカンじゃない? と感じましたよね!
その通りです!
エンハーツはデルクステカンの
スーパーリンカーシステムにて成り立っています。
そしてデルクステカンは第一三共の特許物質です。
新規開発した抗体や特許の切れた抗体に
デルクステカンを結びつけるだけで
新製品の種が出来上がります!
事実、第一三共は2021年7月現在
エンハーツの他に
- DS-1062
- U3-1402
- DS-7300
- DS-6157
- Ds-6000
- DS-3939
という6つのデルクステカンADCを開発中です!
デルクステカン半端ないって!
まとめ
抗体薬物複合体。いかがだったでしょうか。
今回は紹介を避けましたが、
実はまだまだ課題のある技術です、
しかしながら、
その課題はエンハーツの様に
確実に解決されています。
ADCの躍進はこれからも続きそうですね!
本当に夢のある技術ですよね。
都度追記:日本発売
2020/05/25本邦発売されました。
承認時薬価は100mg1瓶16万5074円。
ピーク時に129億円の売り上げを見込む模様です。
直感的には129億というのは少ない気がします。
追適でどこまで拡大するのか見ものですね。
2023年:とんでもない追加適応症と売上を上げ始める
積んでいる抗がん剤の毒性が高く
特異性も高いおかげで
バイスタンダー効果が
とんでもない仕事をしてまして
HER2が少しでもあれば、とっかかりになって
がん細胞に効果を示す…
というとんでもない結果を示し始めました!
同じHER 2ADCのカドサイラにも
大差をつけての圧勝!!
適応症も
2023年3月の段階で3つに増えました!
- 化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌
- 化学療法歴のあるHER2低発現の手術不能又は再発乳癌
- がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌
ピーク126億円って予想した人誰だよ…
2023年3月期で2400億円超えるじゃねーかw