はじめに
武田薬品が他5社と協力して、抗SARS-CoV-2ポリクローナル高度免疫グロブリン製剤を開発中です。
2019年に武田薬品が世紀の大買収を行ったシャイア―はもともとこの領域に強いメーカーでした。まさかこんな形で早くも真価を問われる形になるとは誰も予想できなかったでしょう。
武田薬品の発表:グローバルで血漿分画製剤領域をリードする企業による 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する 高度免疫グロブリン製剤の開発加速を目指した協力体制について
それにしても抗SARS-CoV-2ポリクローナル高度免疫グロブリン製剤
…長いですね。抗SARS-CoV-2は新型コロナウイルスに効くという意味であるのは分かっても、他の部分は何を言っているのかよくわかりませんよね。
今回はポリクローナル高度免疫グロブリン製剤について、どのようなモノなのか考えていきます。
免疫グロブリンについて
まずは免疫グロブリンです。これだけで十分なテーマです(笑)このために、既に記事を作成しました。過去記事igG、igMって何?抗体の役割とは。概略をサクッと解説を確認ください。
時間のない方のためにざっくり言うと、免疫として働くタンパク質の一種です。抗体とも呼ばれます。どんな働きをしているのかも記載していますので、抗体に馴染みがない方は確認していただけると、この後の理解の助けになります。
余談ですが武田薬品と共同開発中の一社、CSLベーリングの創始者はエミール・フォン・ベーリング。ジフテリア抗体の発見により第一回ノーベル生理学・医学賞を受賞した研究者です。
免疫グロブリン製剤って何?
免疫グロブリン製剤は免疫グロブリンを薬にしたものです。原料は献血で得られた血液です。血液を生成して免疫グロブリンを取り出し薬とします。
その特徴から2種類に分けられます。
免疫グロブリン製剤
健常成人の献血によって得られた血液から免疫グロブリンを取り出し、そのまま薬にします。低ガンマグロブリン血症や無ガンマグロブリン血症(免疫グロブリンが作れない人)の治療に使われる他、麻疹、ポリオ、A型肝炎の予防、症状の軽減(筋注製剤)や重症感染症、川崎病(静注製剤)などに使われます。
細かく分けると完全分子型、不完全分子型、装飾の有無等で分けられますが、理解のためにそこまで細かくやる必要もありませんので割愛します。気になった方は調べてみてください。
血液から作られる薬、共通の問題点として、人間の血漿成分を直接投与されるため、感染リスクと切り離せないという点があります。そのため、投与された患者の記録は長年、病院に保存され、感染発覚の際には厳密なトレースが行われ被害の拡大防止と状況の特定ができる様されています。
こういった措置は過去の薬害エイズ等の教訓から取られています。薬害については過去記事:薬害歴史から非専門家のアビガン積極推奨に警鐘を鳴らすに記載して有りますので、御確認ください。
高度免疫グロブリン製剤
次は高度免疫グロブリン製剤です。特殊免疫 グロブリン製剤とも呼びます。武田薬品が開発中の製剤はこちらです。
普通の免疫グロブリン製剤は献血する対象を選ばず免疫グロブリンを収集しておりましたが、こちらは特定の疾患に効く免疫グロブリンを集めています。誰かれ構わず、血液をいただくわけではなく、過去に該当感染症にかかっていた人の血液を使うことで薬を作ります。
武田薬品は新型コロナウイルスに感染して治癒した人には新型コロナウイルスに効く免疫グロブリンが多く含まれているのではないかと考え、それを集めて薬にしようしている訳です。
現在日本では破傷風、B型肝炎に対する高度免疫グロブリン製剤とRh−患者の妊娠時に使用する抗D人免疫グロブリン製剤があります。
ポリ・モノ・クローナル抗体?
ポリクローナル抗体の部分です。抗体にはポリクローナル抗体とモノクローナル抗体があります。ポリ=沢山。モノ=1つの。という意味です。
クローナルはクローン技術を連想するとわかりやすいです。同じ遺伝子でできていることを示しています。
- ポリクローナル抗体:同じ遺伝子で出来た複数の抗体
- モノクローナル抗体:同じ遺伝子で出来た単一の抗体
という意味になります。ここはふーんそうなんだくらいで十分です。
ポリクローナル抗体
武田薬品が作ろうとしているのはこちらですね。献血から免疫グロブリンを取り出す際には、基本的にポリクローナル抗体になります。
特定の感染症Aの抗体を多く含む血液であっても、その人は過去にBという感染症にかかったことがあるかもしれませんし、その他複数の感染症にかかっているでしょう。したがって目的の抗体を含んではいますが、その他、数々の抗体も同時に含んでいる製剤です。
複数の病原体に対する抗体が含まれるということだけでなく、特定の病原体に効く抗体が複数あるということにも注意が必要です。
抗体には特異性があるんじゃなかったのかというツッコミがあるでしょうが、抗体の特異性は病原体全体に発揮される訳ではなく、各部のパーツに発揮されます。
人間に例えると、体の表面の多くを皮膚が占めています。しかし、髪の毛や爪など、明らかに質感が違う場所ってありますよね。ガムテープは髪の毛にはくっ付きやすいですが、爪だとすぐに剥がれてしまいます。
抗体も同じで、病原菌の皮膚に相当する場所にくっつきやすい抗体や爪に相当する場所にくっつきやすい抗体などなどパーツごとにチューニングされ特異性を発揮しています。病原体に対して複数のアプローチ方法を持っていると言えます。
メリット&デメリット
メリットは病原体に対して複数のアプローチ方法を持っていますので、病原体の変異に強いです。病原体が一部分を変化させても薬効を見込めるとされています。
同じく人間に例えますと、急にスキンヘッドにしてきた場合、髪の毛に対する抗体は機能しなくなりますが、皮膚や爪に対する抗体は残っています。そのため、抗体全てに対応するためには、非常に多くの部分を変更する必要が出てきます。全身整形しなければ、対応できないレベルです。
病原体にとっても一部分の変更は難なく行えますが、全身整形となると非常に困難が伴います。デメリットは生産ロットでばらつきが生じるということです。
原料を献血に頼っているため、おなじ感染症にかかった人であっても沢山抗体を作れる人、抗体を作れない人、多くのパーツに効く抗体を作れる人、作れない人がどうしても出てしまいます。生産ロットごとのばらつきがどうしても生じてしまうため、薬としての信頼性は少々落ちてしまいます。
モノクローナル抗体
続いてモノクローナル抗体ですこちらは、単一の抗体です。全部一緒です。特定のターゲットの単一部分に効く抗体です。人間に置き換えると爪にくっつく抗体だけ集めました!!というものです。最近話題になるトシリズマブ(アクテムラ)はIL-6受容体をターゲットにしたモノクロ―ナル抗体です。
メリット&デメリット
メリットですが、全て同じ抗体ですので、ロットごとのばらつきが生じません。薬としては高い信頼性が期待できます。
続いてデメリットですが、全部同じですので、アプローチ方法も同じになります。なので、ターゲットが変異する相手だと対応されてしまう場合があります。すこし、細菌&ウイルスとは相性がわるいです。
ポリクローナル抗体と異なり、髪を狙った抗体の場合は相手がスキンヘッドにしたら、そこで試合終了です。しかし、変異しない相手に関してはこの問題が生じず、高い信頼性が期待できるため非常に有用になります。
トシリズマブはほぼ変異しないレセプターをターゲットに創薬されています。またポリクローナル抗体と比べて作成が非常に困難になります。通常は特殊な抗体産生細胞を増殖して作ります。また一部の薬では大腸菌に対象となる抗体の遺伝子を導入をして作成がされています。
バイオテクノロジー全開です。難易度が桁違いに高いです。そのためどうしても高額になりがちです。
副作用は?
免疫グロブリン製剤には前述の感染症を除いてショック、アナフィラキシー、肝機能障害、黄疸、無菌性髄膜炎、急性腎不全、血小板減少、肺水腫、血栓塞栓症、心不全等が重大な副作用として報告されています。
開発中の新薬に関しても、何が起こるかはわかりません。しっかりと臨床試験を実施して有効性&副作用が判明するまでは断定的なことは言えません。
どんな薬も臨床試験をしっかりと行うことが重要なことは変わりません。
まとめ
つまり抗SARS-CoV-2ポリクローナル高度免疫グロブリン製剤はSARS-CoV-2に対する抗体を多く含む、同一の遺伝子からできた数々の抗体薬という意味なんですね。どっちにしろ長い…
抗SARS-CoV-2ポリクローナル高度免疫グロブリン製剤非常に期待できそうですよね。
新型コロナウイルスは抗体ができないのではないか等も言われており、心配になる今日この頃ではありますが、日本の製薬企業のボスである武田薬品工業には是非頑張って頂きたいです。
※当ブログの内容は個人の見解です。有効性&安全性を保障するものではありませんのでご注意ください。医薬品は医師・薬剤師の指導に従って用法用量を守って正しく使いましょう。